Twitterでつぶやこうと思っていたのだけど、長くなりそうなのでブログでやることにします。
 マーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙‐サイレンス‐』を観てきました。その感想です。
 原作に忠実に進んでいくストーリーと原作にはない結末。それがこの映画の特徴です。
私は、ああ、原作のプロテスタント的になる展開にカソリックであるマーティン・スコセッシ監督は耐えられなかったのかなと思いました。原作のロゴリゴは自らだけでなく信者の生命をも巻き込んだ脅しにあい、苦悩のはてに棄教します。錯乱状態で聞くのがイエスの「踏みなさい」という言葉です。これが実際に神の声であり奇跡の瞬間だったのか、それとも幻聴だったのかはわかりません。ただ、そのことばによりロドリゴのなかでの神はカソリックの教義に基づく外在的な「天にまします神」から、赦すという柔軟さを持った「内在化されたイエス」という存在に変わったと私は思うのです。
 私はキリスト者ではないので想像ですが、カソリック信者にとっては、この変化はプロテスタントへの移行ぐらい劇的な変化であろうと感じます。この変化をクライマックスにもってこず、歴史的な意味づけ(=とはいつも後付けされるものです)として、キリスト教の布教から始まる西洋列強への服従を幕府が恐れたとかいう、21世紀の日本の右翼が言うような色彩をもたせて終わるのは、いわゆる原作レイプではないかなと私は感じました。よって、マーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙‐サイレンス‐』を私は手放しには賞賛しません。
 キリスト者ではないがゆえの的外れなことを言ってるのかもしれない懸念はありますが、どうもいいオチだったとは思えなかったので。映画がよかったと言われる方はぜひ、原作にもふれてみてください。

沈黙 (新潮文庫)


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